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紫色の月光

紫色の月光

第三話 ~VSメラニー

 カイトがメラニーと対峙しているのとほぼ同時刻。
 時空警察機構本部のある世界、『メガワールド』では柳・エイジの訓練が行われていた。
 カイトの行う実戦テストとは違い、彼が行っている物はあくまで時空警察機構のエージェントとして必要なスキルを磨く為の物だ。
 その為、他のエージェントと殴り合うような事もないし、銃で撃ち合う様なことも無い。
 
「すげぇな」

「ええ、凄いです」

 それが大門・徹のエイジの射撃訓練に関する結果へ対する第一声だった。
 具体的に何がすごいのかと言うと、

「まさか一発もターゲットの的にすら命中しないたぁ、恐れ入ったぜ。期待の星(笑)だなこりゃ」

「いやー、照れるぜ」

 半ば呆れているのに気付きもせずにエイジは照れた顔で褒められていると勘違いしていた。
 どういう幸せ思考回路してるんだろうなぁ、と若干思いつつも大門は他のテスト結果を見る。

「殴り合いや身体運動能力は無駄にたけぇな。メガワールド全体を探しても此処までの結果はそうは見られねぇ」

 嫌いじゃない好成績だぜ、といい成績の所は素直に褒めておく。
 メガワールドでは住人全てが時空警察機構に所属している。
 言い換えれば、メガワールドが一つの『会社』で住民は住み込みで働いている社員のようなものである。

 その住み込みで働いている1000万人近いエージェントの中でも、エイジの身体能力は文句なしのトップクラスであった。
 ただ、何故かソレと反比例して射撃訓練と一般常識成績が悪い。悪すぎる。

「先ず、なんだってまた『z×3=?』の問題で答えが『6y』になるのかわかんねぇ。オメー基礎学力どうなってんだ?」

 結論から言うと、エイジは算数は出来るが『数学』はまるで出来ず、身体運動能力が極端に高い癖に銃を持たせると全然別の方向に銃弾が飛んでいくという不器用すぎる男の烙印を押されてしまった。
 纏めてしまうと、長所と短所がハッキリとしているのだ。

「此処までハッキリしてくれると何をやらせるのかがすぐに決まるな。嫌いじゃないぜ」

「おお、マジか!? それで、俺はどんな仕事をやればいいんだ!?」

 ああ、と頷いてから大門は答える。
 エイジのこれから行う主な仕事内容を、だ。

「便所掃除」

「何だとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!?」













 負けたら便所掃除でもしないとポイント稼げないのかな、と思いつつも左腕に巻かれた黒い布を見る。
 アシュロントと戦った際に削ぎ落とす羽目になった左腕の肉は、再生可能だと言われた。
 ただ、その為にはこの戦いを乗り切らなければならない。
 
 この布はこの戦いが終わるまでの『痛み止め』と『応急手当』だ。
 しかし、それで左腕が完全に使えるようになったわけではない。
 痛みはあまり感じなくはなったが、それでも布の中身は『骨』だけなのだ。
 
(この戦いじゃ、ロクに機能しない)

 そうなるとメインウェポンは右腕と両足、そして口から生える歯くらいになってくる。
 最も、相手は足が見えないくらいブカブカのローブを羽織っているので噛み付いたところで相手の肉を食いちぎる事が出来るかは定かではないが。
 後やるとしたら頭突きくらいか。

「左腕は機能しませんが、それである程度は出血を防げます。戦いが終わった後に使い物にならなくなったら不便でしょう?」

 組織の力では骨丸出しになったこの左腕ですら治療できるのだという。
 治療できるのならそれに越したことは無いが、自分の発言がカッコつかないな、とは思う。

(何で左腕無しで戦う、て宣言した時までに詳しく教えてくれないののかねー)

 考えても仕方が無い。
 過ぎた事はどうしようもないことは自分もよく知っている。
 最優先で考えるべき事は目の前のトンガリ帽子少女を左手が使えないという状況でどうやって倒すか、だ。

「宜しくお願いします」

 こちらの準備が済んだと認識したのか、その場でぺこりとお辞儀をして見せる。
 だが、カイトが注目したのは次の動作にあった。

(!)

 メラニーの身体が宙に浮いたのである。
 比喩でもなんでもなく、足が地面に着いていないのだ。

(あのどう見てもサイズの合ってないダボダボのローブからちらっと見えるのは……足、だよな?)

 ローブの合間から見える黒い二本の物体。
 少女のサイズがローブと比べても明らかに小さいので、ちんまりと見えて仕方が無いソレをカイトは足だと判断したが、

(……クラゲだなこりゃ)

 ローブの下半身部がボロボロなのもあって、宙に浮いている二本の足を含めて何となくそう見えてしまう。
 今度からコレを『怪奇! 空飛ぶトンガリクラゲ女』とでも呼ぶことにしよう。

「何だか今、スッゲー嫌な呼び方された気がします……」

 怒気を含めた声でこちらを睨んできた。
 いかん、心を読まれた。

「では、盛り上がってきたところでそろそろ始めますか」

 盛り上がってるのは向こうだけじゃね、と言いたかったがいい加減に始めないと相手のイライラを更に募らせるだけだろう。
 こちらも応急処置を行ったとは言え、腕が痛んでいる。
 やる以上は早めに開始して欲しい気持ちはあった。

「では、始めてください」

 それが合図になり、相対していた双方が動いた。
 カイトは足を動かし、メラニーを一撃で仕留めようと移動を始めるが、

「!」

 先に仕掛けてきたのはメラニーからだった。
 二人の距離は大凡40m。
 カイトとしては十分な射程距離内だが、それでも相手を仕留める為には動く必要が出てくる。
 だが、メラニーはソレを必要とはしなかった。
 
「動かずに攻撃できる……アシュロントと同じタイプか!」

 何の前触れも無く突然出現し、メラニーの周辺をメリーゴーランドのようにグルグルと回転する光の玉。
 それら一つ一つを可愛らしく見つめた後、メラニーは光の玉に命じる。

「やれ!」

 突撃命令。
 その命が出された瞬間、光の玉がぐにゃり、という音を立てながら姿を変えた。
 その姿は、

(弓矢!)

 光の弓矢の数は全部で16本。
 一斉に発射されたそれらは横一列になってカイトに襲い掛かる。

「ちぃっ」

 舌打ちしつつも、カイトは爆走。
 自慢のステップと足の回転の速さを生かし、16本もの光の矢がこちらに届く前に逃げようとする。

「逃がさない!」

 メラニーの右腕が上がる。
 長すぎる袖から僅かに顔をのぞかせている人差し指。
 それはカイトが逃げた方角を指していた。

「まさか!」

 そのまさかだった。
 メラニーの命じる声が届いた瞬間、光の矢は16本全てが一斉に方向転換。
 逃げようと爆走するカイトを囲むようにして光の矢を再び差し向けた。

「くっそ!」

 面倒くさい相手だ。
 光の矢に追いかけられつつも、カイトはそう思う。

(アシュロントが薔薇を媒体にして攻撃してくるタイプなら、奴は最初に出現させた光の玉を媒体にして攻撃してくるタイプか)

 光の玉は形状の変化も可能。
 そうなると、見ただけでは光の玉からどういった攻撃に派生してくるのか判別しづらい。

(アシュロントは薔薇の色である程度見分けることが出来た。だが、トンガリクラゲはちとややこしいな)

 何分、見せてもらえたのが弓矢だけと言うのもある。
 それに重要なのはこの光の玉の攻撃メカニズムではなく、『処理方法』だ。

(避けても追尾してくる。それなら受け止めるしかないが――――)

 弓矢を受け止める行動自体は問題ない。幸いにも動体視力には自信があるし、左腕の使えない分は両足で何とかしてみせる。
 
 問題は受け止めたとしてその後どうなるか、だ。
 電流が流れてくるのか、それとも爆発するのか。
 もしかしたら何も起こらないかも知れないし、カイトの予想だにしない効果が現れるのかもしれない。

 もしそうなら、一番手っ取り早い状況打破の手段としては、

(……本人に聞いた方が手っ取り早いか)

 そこまで考えたら、行動は早かった。
 即座に右向け右。
 追いかけてくる光の弓矢との距離をやや視線で確認しつつ、

「ん」

 メラニー目掛けて、全力でダッシュ。
 一歩足を踏み出すことで数十メートルも開いた距離が一気に縮まり、更にもう一歩踏み出すことで距離は半分にまで持ち込まれる。

「え――――」

 まるでロケットのような突撃に目を見開いたのは、相対していたメラニーだった。
 観客席からこの新人が凄まじいダッシュ力を見せ付けてアシュロントを捻じ伏せたのを見ていた為に判る。
 そしてこの殺気の篭った目。

(捕まえに来た!?)

 光の弓矢が追いかけるも、最初のダッシュで一気に距離が離れてしまっている。
 このままでは矢が届く前に捕まり、そのまま捻じ伏せられるのがオチだろう。

(アシュロント戦を見る限り、流石に身体能力では勝てない! あのダッシュをかく乱させる為に『矢』を出したのに……)

 実を言うと、メラニーの攻撃方法は大凡カイトの予想と一致していた。
 光の玉を生成し、それを様々な形に変形させることで戦っていく。
 当然ながら強力な一撃もあると言えばあるが、

(あの人の脚力は私の『一撃』ですら避ける! 仕掛けるのは動きを封じてから)

 その為の隙を作り出す為にも、力で捻じ伏せられる訳には行かない。
 故に、彼女は新たな玉を生成し始める。

「!」

 それを肉眼で確認しつつも、カイトは接近を止めようとはしない。
 すぐ後ろに弓矢が迫ってきていたからだ。

(今度の玉は何だ!?)

 答えはすぐに返ってきた。
 ソレはメラニーの手に収まるように収まる部位が存在し、同時にカイトと距離が多少離れていても問題なく攻撃できる武器。

「鉄砲!」

「穴空きなさい!」

 生成された玉から作り出した物は黄金の拳銃だった。
 それを握り締めた後、メラニーはすぐさま銃口をカイトに向け、

「!?」

 発砲。
 その銃口より出現したのは、

(金ぴかの……パチンコ玉、か?)

 人間離れした動体視力が捉えた弾丸は、紛れも無く金ぴかだった。
 だが、その形状は銃弾と言うよりもパチンコ玉。
 何の凹凸も無い球体であった。
 出来る事なら売り払いたいところだが、危険物の可能性は後ろの矢と同様だからだ。

 それ故にカイトはこの金の玉の危険性をこの場で確認してみる事にした。
 その方法は簡単だ。

(避けて、後ろの矢と接触させる!)

 直後、ゴォッ、という凄まじい音がコロシアム全体に鳴り響いた。
 その音の発生源はカイトだ。
 彼はその場で残像が残るほどの素早い動きで砂煙を巻き起こし、目くらましを用意した。

「!」

 その意味を真っ先に理解するのは審判を務めているカインだった。
 彼はカイトとメラニーを真横から見る位置にいた為、対峙しているメラニーよりも状況を把握することが出来たのだ。

(そんな……事が!?)

 だが、彼から見てそれは予想を大きく上回る光景だった。
 カイトが砂煙を巻き起こしたのは、その場で大きく身体をひねって、そのまま回転を行ったからだ。
 会場全体に響く程の大きな動きだった。それ故に、巻き起こる砂煙も比例して大きくなる。
 しかしその行動の目的は単に身体をひねることには無く、

(その場で回転を起こすことで風力を作り、矢の軌道と弾丸の軌道をぶつけるつもりですか!?)

 全く予想だにしない行動。
 しかし、そうすることでメリットは生まれる。

(後ろから来る矢と前から来る弾丸を同時に回避することが出来、尚且つ『玉』の性質を知ることが出来る)

 同時に、メラニーに危機が訪れつつある事をカインは予感する。
 何故ならば、

(メラニーの身体は少女のソレとなんら変わりがない。成人男性のアシュロントすら殆ど一撃でノックアウトされてしまっている以上、メラニーは更にダメージが大きいはず!)






 
 目視した弾丸と矢の衝突。
 その瞬間、何が起こるのかをカイトの目は冷静に観察していた。

(成る程、何も起きない)

 それを理解することが出来ただけで十分だった。
 矢も弾丸も、玉と言う名の金属で出来た普通の武器であるという証明になったのである。

(一発一発にアシュロントの薔薇みたいな厄介な物は含まれている様子は無い。それなら、)

 一気に距離を詰めて、切り裂く。
 左腕が無くても右腕だけあれば十分可能な行為だ。

 故に、彼は矢が全てメラニーの方に戻ったのを確認してから、

「!」

 一気に突撃。
 注意するべきなのは玉で作り出す何か。
 だが自慢の足がある以上、何が来ようが避ける自信がある。

(懐に飛び込めればこっちのもんだ!)

 その理論はメラニーにも判っていた。
 それ故に、勝負を仕掛けなければならなかった。

(殆ど、圧倒されている……)

 メラニーはそう思った。
 否、思わざるを得なかった。

(左腕が使えないからと言って舐めてかかるつもりは無かった。でも、)

 それでも、目の前にいる男の戦闘能力は予想よりも高かった。
 矢で追い詰め、じわじわと弱らせていこうと考えるも彼は真っ向からこちらに突き進んでくる。
 能力の高さと言うよりも、彼の体験したであろう経験の違いを思い知らされた。

(戦い慣れている……! 過去に私達のような能力者と何度も戦ったことがある!)

 しかし、それを思い知らされたからと言って『はい、そうですか』と負ける訳には行かない。
 シルバークラス最強の一角、レオパルド部隊の代表として自ら前に出た以上、グループの名に泥を塗ることだけは避けなければならないからだ。

(仕方が無いですね)

 肩を落とす。
 それは諦めではなく、反撃のための『開き直り』。

「本気で行きますよ!」

 その一言で十分だった。
 メラニーは弾丸のように突き進んでくるカイトを睨むと同時、

「!」

 その場で大きく宙に浮く。
 元々ふわふわと浮いてはいたが、今度は明らかに『空を飛んでいる』と言ってもいいほどの高さまで浮いている。
 これでは地上から攻撃を仕掛けたとしても、当たらない。

「どーした突然。今更やる気になったのか?」

 カイトがこちらを見上げつつも言う。

「いえ、元からやる気でしたが……貴方をやや見くびっていたようです。私の『本来のスタイル』で思う存分にやらせてもらおうかと」

 本来のスタイルで戦えば幾ら素早かろうが関係ない。
 この移動範囲が限られたコロシアムと言う会場範囲内であれば特に、だ。
 
(私の本来の戦闘スタイルは玉を設置し、他の玉とエネルギーをリンクさせることによって強大な爆発を生み出すこと!)

 簡単に纏めると、複数の玉で範囲を囲むことによってその『範囲』を爆発させることが出来る。
 要するに、広域攻撃だ。

(既に矢を作った際に、設置している)

 玉を設置した場所は、このコロシアム会場の選手の移動範囲全域。
 即ち、カイトがどこに逃げても爆発からは逃れられない。

(審判でカインも居るけど……彼には『マント』がある以上、心配は無いです。殺してはだめと言うルールですが、)

 『戦いに出た理由』を考えると、それでいいのかもしれない。
 身体能力の差で大きく彼に劣っているメラニーが彼に戦いを仕掛けたのには理由があった。

(彼を追い詰める……! 肉体的にも、精神的にも……)









 それは、カイトの実戦テストが始まる数時間前の事だった。
 いきなりシルバークラスから代表を選出するという今回の新入り。
 自分達レオパルド部隊はもし出番が来た場合、誰を選出するかと言う話で持ちきりだった。

 最初に立候補したのは、ケースXが発動された時に退けられたゲイザーだそうだが却下され、同じグループに所属するアシュロントが選ばれている。
 アシュロント・ネリアスの能力は知っていた。
 故に、彼を簡単に突破することは出来ないと考えていたし、最悪の場合何も出来ずに新入りはボロボロになってしまうのではないかと考えていた。

(ま。私には関係の無いことですけど)

 軽く朝食を済ませつつ、二人の姉と妹分たちに挨拶を交わした後もメラニーはカイトに興味を持たなかった。
 元々レオパルド部隊は女性で構成されているグループと言うのもあり、新入りが男性である以上このグループに配属されることは先ず無いであろうと考えていたからだ。
 他のグループに配属されるのであれば、特に知る必要は無い。
 あくまでそう考えていた。

「あ」

 そんな時だった。
 廊下で偶然すれ違った組織の幹部の一人――――ペルセウスを引き連れたゴスロリ少女、キルアが『丁度いい』と言った感じの顔で声をかけてきた。

「シルバークラスの三人、エリシャル三姉妹の末っ子か……丁度いい、私の頼みを聞いてくれないか?」

「は、はっ!」

 あまりにも突然の事だったので、思わず敬礼していた。
 歳は大体自分と同じかそれ以下と言った所なのに、逆らうことは出来ない。
 絶対的な力の差を知っているからだ。
 それは今も尚、キルアから発せられるプレッシャーとしてメラニーに圧し掛かっている。

「今度の新人の事については知っているだろう?」

「え、ええ。代表はシルバーランクから選出されるそうですが」

 確か、既にゲイザーを退けている為にブロンズでは釣り合いが取れないという理由でシルバーから選出されるという経緯だったか。
 
「そうだ。そこで……お前にその新入り君を追い詰めてもらいたい」

「え?」

 言われた意味が良くわからなかった。
 追い詰めるという事は即ち実戦テストに出場し、勝てと言うことだろうか。

「ただ追い詰めるだけでは奴は『切り札』を使おうとはしないはずだ。それでは意味が無い」

「はぁ……?」

 切り札とは何のことだろう。
 少なくともこの時のメラニーには今度の新入り君には自分と同じようなちょっとした能力、もしくは何か凄い武器を隠してるのではないかとしか考えていなかった。

「もし、新入り君にその『切り札』を使わせたなら……お前の願いを叶えるよう、頼み込んでやってもいい」

 元から上司に言われたことだっただけに、やるつもりではあった。
 しかしこの一言が加わったら『やる気』が違う。

「メラニー……お前の願いは確か、親代わりになってくれたタイラントの願いを叶えること、だったな」

「は、はい……」

 組織の構成員となって早5年。
 5年間頑張って稼いだ持ちポイントを数えても、目に映らないほどに遠くかけ離れている『願い』到達ポイント。
 それに一気に近づくチャンスを貰えた。

「御姉様もさぞ期待してるだろうな……私も期待させてもらうが、な」











 今、このテストを見ている幹部は組織の第三要塞の主であるキルアだけ。
 ガーディアンには要塞が三つあり、キルアが率いるこの要塞は『占領特化』の構成員達が集められている。
 侵攻する世界が発見されたら彼らが赴き、そのまま蹂躙が始まる。

 それだけに実力と発言力は他の二つの要塞の構成員に比べて大きい方だ。
 幹部の中でもキルアは発言力が高い。
 もし彼女がガーディアン『本国』に頼み込んでくれると言うのなら、

(『願い』が叶う……!)

 しかしその願いを叶える為にはこの新入り君の『切り札』をこの場に引き摺り下ろさなければならなかった。
 それはカイトが最もこの場で『露呈させたくない力』でもあった。

(後でタイミングを見計らって逃げる為にも、此処は耐えなきゃいけない……今の俺の力でメラニーを倒してみせる)

 最初、彼の切り札はアシュロント戦から生やしている爪の事なのかと思った。
 しかし違った。
 もしあれが切り札なら上からこちらを覗き込んでいる幹部様は無表情な顔をしている訳が無い。
 あの幹部は普段表情が無い為か、いざ『喜び』や『哀しみ』と言った感情を表に出そうとするとその分爆発してしまうタイプなのだ。
 自分の望む物が飛び出したら、笑みを止める事など出来るはずが無い。

(チャンスは、ある)

 故に、メラニーは決行する。
 新入りを追い詰めて『切り札』を使わせる為に設置した玉のエネルギーを爆発させる。

 そうする事で地面が跳ね上がり、迂闊に走り回ることも出来なくなるはず。
 そうやって頭の中に刷り込ませていくことで先程の矢を使い、じわじわと肉体的に追い詰めていけばいい。

 そう考えていた。

 だが、此処で問題が起きた。

(あれ?)

 玉に意識を送ったその一瞬の出来事だった。
 地面からコチラを見上げている筈の新入り君が消えていた。

「!?」

 上空から会場を見渡すが、居ない。
 選手の移動行動範囲は円状に広がっていて、障害物も無い為、隠れるようなところも無い。

(何処に――――何処に消えた!?)

 宙に浮いた状態でキョロキョロと辺りを見回す。
 そんな時だった。

「上だ、メラニー!」

 観客席から姉、タイラントの声が響いた。
 
(上?)

 そんな馬鹿な。
 あの男はアシュロント戦でも、矢から逃げる時も上空に逃げようとはしなかった。
 詰まり、空は飛べないはずだろう?

 そう思った。

 だが、次の瞬間。

「!!!!!!!」

 思わず目を見開く光景がメラニーの視界に飛び込んできた。
 目の前にカイトの顔が『突然』飛び込んできたのである。

「よぉ」

 それだけ言うと、鼻と鼻がぶつかり合いそうな距離になりつつもカイトは右腕と足を器用に使って、

(捕まった!?)

 後ろに回りこまれ、右腕でこちらの首をがっちりと固め、両足を使って縄のように自分の身体をホールドして来ている。
 見た目は少女に抱きつく異様な姿にしか見えないのだが、宙に浮いている敵を捕まえていると言う事実には変わりがない。

「どうやって飛んできたんですか!? 貴方は宙に浮く術は持ってないはず……!」

 首を締め上げられつつも、メラニーは疑問をぶつけた。
 これから本領発揮だと言うのに、このまま締め上げられたらあまりにも理不尽だ。
 首元に爪を立てられつつも、メラニーはそう思わずにはいられなかった。







(奴は飛んだんじゃねぇ。跳んだんだ)

 ゲイザーは観客席から見た現実を、静かに受け止めていた。
 メラニーが宙に浮いた真意までは流石に本人で無い以上は判らなかっただろう。
 しかし、

(宙に浮いたことで、奴は『降りてこないだろう』事を察した)

 考えてみれば簡単な事だった。
 地上で一度追い詰めているのだ。
 宙に浮いたことで逃走し、そこから形勢を立て直そうとするのは目に見えている。
 何よりも『ここから本気』と言ってしまったのだ。

(そこまで素材が揃ってるなら、自然と導かれるだろうな。遠距離攻撃って答えが……)

 それなら何かやる前に『捕まえればいい』。
 距離が開いてるならダッシュで詰め寄ればいいし、宙に浮いているならジャンプで飛びつけばいい。
 蚊を叩き潰すときだって大体そんなものだろう。

(だが、奴の跳躍力は……)

 メラニーは宙に浮いているといっても、低空飛行な訳ではなかった。
 高さは大凡30m。
 それをジャンプで捕まえるという事は、

(ヤロウ、やはり一番厄介なのは脚力か。左腕一本無くなっただけじゃ止まりもしねぇ)










「離れなさい! レディーの身体にへばりつくなんて何考えてんですか!?」

「勝つこと考えてんだトンガリクラゲ! 離して欲しければ大人しく首落とされやがれ!」

「クラゲ!? こんな可愛らしい乙女をとっ捕まえてクラゲと抜かしやがりますかこの怪物は!」

「嫌なら『唐辛子』にしてもいいぞ! 兎に角、さっさと首落とされろ!」

 冗談じゃない。
 殺人無しのルールのはずなのに首落とされてたまるか。

 空中でもつれ合いつつも、メラニーはそう思った。
 
(でも、凄いパワーです! がっちりと両足挟んでて身動き取れないです!)

 まるで蟹のハサミにでも捕まったかのような、力強い締め付け。
 もしこの足が刃物のように鋭いものだったら自分は胴体から真っ二つにされていただろう。

(でも、身動きとれねーのはそっちも同じ!)

 カイトは別に宙に浮けるわけではないし、両足もこちらを捕まえるために使っている。
 挙句の果てには左腕は『腕』として機能しない。

「玉よ!」

 故に、メラニーは会場に設置されてた玉に命令する。
 
 爆ぜよ、と。


「!?」


 その言葉が発せられた瞬間、カイトは真下から凄まじい熱が襲い掛かってきたことを理解した。
 ソレと同時に襲い掛かってきたのは思わず目を瞑ってしまう程の『眩しさ』だ。

「う――――おっ!」

 直後にやってきたのは会場全体を包み込むかのようにして生まれたエネルギーの渦。
 具体的に言えば『爆発』だ。

(しまった!)

 背中から襲い掛かってくる爆風と熱量に抗いながらもカイトは理解した。
 メラニーが自分を盾にして真下から放出され続けている熱を防いでいるのだという事に、だ。

「とっとと離れてください! 身体が持ちませんよ!」

 言われなくてもわかっている。
 真下の地面から放出される熱量によって、言葉にならない熱さが身体に襲い掛かってくる。
 虫眼鏡で太陽の光を反射し、その光を受けたミミズが焼けて黒焦げになったのを見たことがあるがこの状況は正にその状態に近い。
 
 だが、仮にメラニーから手を離したとしたら更に不味い。
 この熱量の発生源は他ならぬ会場の地面だ。
 手を離して再び地面に足を着こうものなら、

(そのまま全身焼かれるのがオチだろうが!)

 だが、そこで一つに疑問が生まれた。
 先の行動を見る限り、この地面から発せられる膨大な熱量は何時の間にか設置されていた玉が起こした現象だ。
 そこはいい。
 何時の間にか設置されていた玉の存在に、あれだけ動いていたにも関わらず気付けなかった自分が悪い。


 問題はもし自分が飛び掛らなかったら、メラニーはどうやってこの熱量を防ぐつもりだったのだろう、ということだった。


 メラニーが浮遊しているこの高さでも、背中が焼かれている事実から考えれば自然に一つの答えが浮かぶ。
 
(コイツ、まさか防御手段があるのか!? だから自分が捕まっているにも関わらずに攻撃を仕掛けられた!)

 問題はその防御手段。
 それさえ判れば自分の身体の一部でも防御し、後の攻撃に備えることが出来る。

(待てよ……?)

 この熱量によってダメージを受けるべきなのは三人居る。
 会場から発せられているが故に、会場の上に存在する三人だ。
 その内二人は自分とメラニー。
 この二つは今は宙に浮いていて、自分だけが熱量をマトモに受けている状態だ。

 しかしそうなると地面からコチラの状態を見ている筈の審判、カインはどうなっている?
 彼は特にやばい事に、熱量が発せられている地面の上に突っ立っている。
 宙に浮いている自分と比べると、受けるダメージは更に大きいはず。

(?)

 だが、地面にはどういう訳か一つの黒い物体があった。
 まるで蛹のように黒い何かが包まっていて、『中身を外の外敵から守るような状態になっている』。

(そうか、カインはアレで防御してるのか! 多分黒いのは奴が羽織ってたマントかなんかだろ。そーいや、左腕に巻かれてた布もアイツがくれたんだった!)

 見てみると、左腕に巻かれている布は巨大フライパンと言う名の地面に焼かれていても、焦げ痕が残っているどころか全くの無傷だった。
 と、なるとメラニーも同じ手段で防御しているのではないかと言う疑問が生まれてくる。
 カインの例を見る限り、メラニーの身体を覆えそうな大きな布は、

(このダボダボのローブか。道理でこんなサイズ違いすぎる奴着てたわけだ)
 
 そうなると、このローブに身を守られているメラニーはこの熱量の中、どうあっても無事という事になる。
 ソレを考えただけで、腹立たしい。

(見てろ……! 俺を巨大フライパンでこんがりと焼こうとしたって、そうはいかねぇぞ!)

 








後編に続く 


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